SSブログ

草倉銅山鉱山道の先にあるもの [鉱物 (阿賀町・草倉銅山)]

2019年5月下旬、初めて草倉銅山(阿賀町)を訪れました。
駐車場から道なりに進むとやがて左手に近年建った合同慰霊碑が現れ、その先に今は内部がすっかり埋もれてしまった本坑口が小沢の向こうに見えてきます。
朽ちかけているため通行禁止の看板が建っている古い橋を渡ると、鉱山道は右側に進路を変え、ずっと伸びています。
その時は単なる好奇心でその道を辿っていったのですが、道が消滅しかけてからもかすかな踏み跡を歩いていったのがいけなかった。
GPS機器も持っておらず、装備も軽装、ちょっと甘すぎました。
30分くらい歩いたでしょうか、何とかズリ跡と坑口にたどり着き、そこでUターン。
しかし、帰り道がわかりません。
どこをトラバースしてきたのか、どうにも見覚えのある地形に出ることができず、急斜面を腕力登りで行ったり来たりしていたらあっという間に体力を消耗してしまいました。
結局2時間近く山中をさまよい、ビバークを覚悟した19時10分、合同慰霊碑を林の隙間越しに見つけました。
薄暗さが増してきている中、ギリギリのところで下山。
遭難の一歩手前まで行きました。
それだけの苦い体験をしたにも関わらず、草倉銅山への関心はますます募るばかり。
それどころか親近感さえ覚えるほどで、その後読んだ夏目漱石の小説”坑夫”の影響もあり、一層明治時代の鉱山文化への憧憬を強めていったのです。
以来鹿瀬町の龍蔵寺へお参りに行ったり、関連する文献を集めたり(あまりなかった)、情報収集に務めてきました。
そして今年に入ると一気に探索を再開し、2回の訪問で10個近くの坑口や露天掘り跡を見つけました。
でも、一番やりたかったことは、初めて行った時どのルートを歩き、どこで道に迷ったか、また見つけた坑口は何かを明らかにすること。
去る5月15日、満を持して合同慰霊碑から先に続いている鉱山道を再び歩いてみました。

kusakuramap.jpg

赤が今回歩いたルートです。以下、地図記載の番号の説明。
①合同慰霊碑
②本坑口跡
③鉱山道の終点。ここから先は灌木が生い茂っており、踏み跡の痕跡がわずかに残っているだけとなる
④朽ちかけた丸木橋が涸れ沢の上にあり、傍らに石垣が見られる
⑤畳3~4帖ほどの広さのズリ。荼毘用のそれかもしれない。
⑥坑口
⑦赤茶色の大岩壁
⑧大きなズリ

尚、⑧から先、踏み跡は完全消滅しています。

IMG_0380.jpg

①の合同慰霊碑です。

IMG_0372.jpg

④の場所です。
石垣がおわかりになりますでしょうか。
この涸れ沢の上部が大立ヒ。
(ヒというのは鉱山用語で、鉱脈の意。手元にある”地質要報~東京地学協会・明治19年”の図に拠る。)

IMG_0348.jpg

⑥の坑口。
踏み跡から15~20mほど斜面を登ったところにあります。間口約3m。
ぼくが持っている資料(前喝)にはこの坑口の名称が載っていないのですが、他のサイトに載っている地図を参照すると”慶應坑”ということになろうかと。
ちなみに、本坑口の標高はぼくのGPS機器による計測だと383m、この坑口の標高は435mです。
他のサイト掲載の図の等高線からも、両者の標高差はそれぐらいだろうと思われるので、慶應坑の可能性は高いと思います。
草倉銅山の開坑は元文4年(1739)。
慶應年間(1865~1868)に発見されたから慶應坑と名付けられたと考えると筋が通ります。

IMG_0349.jpg

坑口内部は完全に閉塞しています。
本来の坑口入口部分の高さは2mはあったものと思われます。

IMG_0353.jpg

⑦の大岩壁。
周辺の地形を調べていたら、踏み跡の歩行中もたま~に見え隠れしていた大岩壁前に出ました。
後述しますが、この岩壁は草倉銅山跡周回林道からも見えます。

IMG_0351.jpg

⑧の大きなズリ。
例の大岩壁下部にはところズリが拡がっています。

IMG_0360.jpg

ほぼ同じ場所のズリ。
針水晶がうっすらと付いている鉱石も見かけますが、水晶のサイズは極小。
肉眼でそれとわかるサイズの黄銅鉱や黄鉄鉱は全く見かけませんでした。

IMG_0371.jpg

⑤のズリ。
やや下部に、独立した感じでひっそりとズリが現れました。
ここはアレ用かな?

IMG_0394.jpg

帰りに、草倉銅山周回林道の途中に車を停め、ざっと歩いてきたところを目で追ってみました。
山の中腹よりやや上に赤い岩壁が見えていますが、これが⑦の岩壁ですね。
その下に見られる2つの岩壁は、地形図記載の岩場記号と位置的に一致しますので間違いないでしょう。
ぼくはこれら2つの岩壁に行ったことはありませんが、すぐ直下までは今年4月28日に行きました。
鉱物的には特にこれといったものはなかったですが。

IMG_0388.jpg

最後に、望遠レンズで写してみたその岩壁。
地形図記載のこの岩場の標高は450m、⑦の写真を写した場所の標高が462mなので、同じ岩場であることがわかります。






nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。